大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2941号 判決 1968年5月27日

控訴人(被告)

浅沼寛子

外二名

代理人

佐藤軍七郎

被控訴人(原告)

窪田亨

代理人

設楽敏男

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、以下に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(控訴人の主張)

一、本件手形は、控訴人らの被相続人浅沼盛信が代表取締役をしていた浅沼製菓株式会社が取引停止処分を受けた後、実兄浅沼定雄と相談し、昭和四〇年七月同会社の取引決済のため定雄名義をもつて北海道拓殖銀行亀戸支店と当座取引を開始して、振出した小切手、約束手形のうちの一通であつて、盛信が定雄名義で振出す正当の権限があつたものであるから、手形上の責任は定雄のみが負うべきである。手形面にその署名(記名押印)の全然顕現していない者に手形上の責任を帰せしめるためには手形法第八条のような特別規定を必要とするところ、本件は同条適用の余地がないから、盛信には本件手形上の責任がない。なお、被控訴人においても、本件手形を取得するに際し(受取人白地で提出したものを被控訴人が加藤某より取得し自己宛に白地を補充した。)、振出人が浅沼定雄であるとして受領したものであり、真実の手形義務者が浅沼盛雄であるとは窺知しえなかつたはずである。

二、本件手形の振出原因は、盛信が代表取締役をしていた浅沼製菓株式会社の訴外加藤恒吉に対する米代金前渡金支払のためである。

(被控訴人主張)

一、被控訴人の右主張第一項は争う。本件手形は浅沼盛信が生前金融機関と取引を停止されていたので、形式的に実兄が浅沼定雄の名義を使用し、実質的には自らの事業のため手形取引を行なつていたもので、手形行為の代理とは無縁のものであり、盛信自らを表示するため定雄の名義を使用したもの、すなわち盛信が手形面に署名(記名押印)しているものであるから、手形上の権利義務の帰属者は盛信である。仮りに盛信が定雄の名義の使用につき定雄の同意を得ていたとしても、右の点に変りはない。また被控訴人が盛信の氏名の出ていない定雄の名義のものとして本件手形を取得したとしても、そのことと振出人の責任を誰が負うかということは、別個の問題である。

二、控訴人の主張第二項中盛信が浅沼製菓株式会社の営業のため定雄名義で本件手形を振出したことは争わない。

(証拠関係)<省略>

理由

当裁判所も亡浅沼盛信従つてその相続人たる控訴人らは本件手形上の義務を負うべきものと解するものであり、その理由、その他本件に対する認定、判断は以下に付加するほか原判決理由と同旨であるから、これを引用する。

一<証拠>を総合すると、浅沼盛信は同人を代表取締役とする浅沼製菓株式会社が手形取引停止処分を受けたので、おそくも昭和四一年三月から北海道拓殖銀行亀戸支店に実兄浅沼定雄名義の当座取引口座を設け、同年九月死亡するまで多数回にわたり定雄名義で手形を振出していたこと、本件手形はその一通であることが認められ、一方原判示のとおり定雄はいわゆる失対人夫で経済的な信用や実績のある者でないことを考え合わせると、定雄が右口座開設、手形名義使用を許諾したかどうかを問わず、盛信は右手形取引に関しては自己を表示する符徴として定雄の氏名を用いていたものといわざるをえない。そうすると盛信が本件手形を振出したと認めるべきである。定雄もまた手形上の責任を負うかどうかは別論であつて、これと盛信の責任とは択一の関係にあるのではない。

以上のとおりであるから、控訴人主張の手形法第八条該当の場合でないから盛信の責任がないとの主張は理由がないし、また被控訴人がたとえ本件手形を定雄が振出したものとして取得したとしても、その点は前記結論に影響がない。

二本件手形が浅沼製菓株式会社の事業上の取引債務決済のため振出されたものであることは当事者間に争いないけれども、同会社は盛信のいわゆる同族会社であることは<証拠>及び弁論の全趣旨からうかがうに足り、かつ前記認定のように同会社はすでに取引停止になり信用がなかつたこと、本件手形は定雄個人名義であり同人は右会社の役員でないこと(乙第二号証)、会社のためにすることが手形上に表示されていないことはもとよりであること、振出地兼振出人住所は盛信の住所(相続人らの住所と同じであることから推認される)である江東区北砂三丁目一一の一〇となつていること(甲第一号証。もつとも右会社の本店所在地も同じである。乙第二号証。)からみて、本件手形振出は盛信個人において会社の取引決済のためにこれをしたことが明らかである。

以上の理由で原判決は正当と認められるので、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(近藤完爾 田嶋重徳 小堀勇)

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